漢方独特の機能病理学的な見方*不妊症*不妊治療*漢方解説
漢方の病理観:気・血・水
現代西洋医学の進歩は、解剖学からはじまってまず各臓器の形態をつかみ、ついでその生理を学んで、疾患の際にそれらがいかなる変化を呈するかを知った。すなわち、西洋医学は臓器に障害があって、しかるのちに、機能の障害がおこるという単純な臓器病理学の立場をとる。それはウイルヒョウにより、細胞病理学として一応完成された。
しかし、東洋医学では病気の本態を各臓器の形態変化に求めないで、諸臓器の機能的相互関係に求めた、すなわち漢方ではまず機能の障害があって、しかるのちに、臓器に障害がおこるという機能病理学立場をとる。これはヒポクラテスの体液病理学と同じ見方である。
由来、機能と形態は疾患をみるうえの車の両輪であるから、われわれは常にこの二つを把握してゆかねばならないが、機能病理学に立つ漢方では、病気を変化してやまない流動的なものであると考え、気・血・水の変調、不調和によって疾患がおこるとした。このような観点から、漢方では一つの処方の中に、気に働く順気剤、血に働く浄血剤、水に働く治水剤が、同時に配合されている場合が多い。
この気・血・水の機能病理学的な見方は、漢方独特のもので、現代医学ではこれにあてはまるような病理観はない。治療法と直結したこういう病気の見方があるという点は、むしろ臨床医学として、漢方の高級性を裏書きしているものと言ってよい。今、これら気・血・水について述べよう。
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東洋医学のダイナミックな考え方*不妊症*不妊治療*漢方解説
そこへ行くと、東洋医学は『適切なる治療」ができるのである。というのは、生きた人間の全貌をダイナミックに有機的に、総合的に観る立場である漢方は、『各臓器の相互関係』について、気・血・水の生命現象が実在するとしている。これは”生命現象に孤立現象なし”といったオーギュスト・コントの生命理論と同じ観点である。
そして病気の本態を、現代医学のように各臓器の形態変化に求めないで、諸臓器の機能的相互関係に求め、それに、気の変調としての気滞、血の変調としての血滞(お血)、水の変調としての水滞(水毒)を重要な病理現象として取りあげている。
現代物理学に大変革をもたらした相対性理論のアインシュタイン博士は、「理論とは、物の事実をまとめたものでなく、物の姿の認識である」といっている。その物の姿は、不動的なものでなく、常に流動的なもので且っエネルギーを凝集しているものである。
生きた人間の姿も、これと同じく、不動的なものでなく、常に流動的なもので且つエネルギーを凝集しているものである。
この生きた人間の全貌を認識する生命現象として、東洋医学では気・血・水の三因子を考え、これら因子の変調と不調和によって病気がおこるとした。
近代病理学の祖ウイルヒョウは、「細胞こそ、健康状態および病的状態を通じて一切の生命現象の究極的有形単位であり、一切の生命活動の発源地である」「細胞こそ、活動の座であり、生体の疾病はこの細胞または細胞群の異常によって発生する」(細胞病理学:吉田富三訳)と、声高らかに細胞病理学説をとなえ、十九世紀後半から二十世紀前半までの世界を風靡するに至ったが、これは不完全な病理観である。というのは、この病理観は生体を「細胞→組織→器官」と要素的に分析研究する結果・臨床的にはそれぞれの器官系に応じた各専門科への分化となり、消化器・循環器・呼吸器・神経系・・・・・・あるいは内科・外科・産婦人科・耳鼻科・眼科・皮膚科・・・との専門科を生むに至り、生きた人間の診断治療も機械化し、非人間化した。その結果、人間大局的に有機的に総合的に、取り扱うことを無視するに至ったからである。
私はあえて誤謬とはいわない。これについて、ウイルヒョウの直弟子である藤波鑑博士(京都大学病理学教授)は、
「局所観に立つ細胞病理学にのみ膠着して全身観を等閑に附すならば、生体内の個々局所病変はなんら関連なきものの偶発に過ぎざるものとなり、終に疾病の真相を担うるに由なかるべし」(病理学に於ける局所観、関係観、全身観:藤波鑑撰集)
と述べ、その不完全さを証明している。
私の見解によれば「気・血・水」もまた、「生命活動の発源地であり、活動の座である」いや、これこそ、実地に即した生きた人間全貌の生命現象であり、ベルナールの「内部環境」である。
このフランスの大生理学者クロード・ベルナールは、人間の生命維持には二つの環境<外部環境と内部環境>が必要である、といった。外部環境たる衣・食・住がわれわれの生命維持にとって大切なことは申すまでもない。それと同様に、内部環境たる気・血・水がつねにコンスタントに保たれてこそ、細胞は栄養物を摂取し、不要物を排出して生存しているのである。そしてそれがコンスタントに持続されている限り、生命は体外の変動から守られ、したがって自由である。
ベルナールは、「生命の自由と独立の条件は、内部環境が不動なことである」と述べている。有名なハーバート大学の生理学者W・B・キャノンは、これを恒常性維持機構=ホメオステージス(Homeostasis)とよんだ。
この内部環境ホメオステージスたる気・血・水の変調状態--気滞・血滞・水滞の病理観は、今日は便利だが明日は役立たなくなる抽象的理論体系でなく、治療に適応した具体的理論体系であるため、東洋医学の存する限り、永遠に東洋の体液病理学説として風靡するであろう。体液病理観に立つ東洋医学は、病人をダイナミックに全体的に機能的に観察する立場上、ヒポクラテス医学ともいえよう。
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西洋医学のシンブルな考え方*不妊症*不妊治療*漢方解説
ある喘息の患者さんが大学病院へ入院した。大食すると、発作がおこり疾が多くなる。絶食していると非常に楽である。だから喘息は胃からおこると考えて、そのむねを主治医に訴えたところ、大学の若い先生は、「喘息は気管支の病気で、疾は気管支の分泌物だから、胃とは何の関係もない」と言ったということを、京都の坂口弘博士が「漢方の語』で述べている。
この坂口博士がドイツに行かれた際、喘息の患者をみて、「あなたの喘息は胃からきている」と診断したところ、その患者は握手を求めて「東洋の医学はすばらしい、西洋のシンプルな考え方は駄目だ」と言ったという。
さて、明治から現在までの日本医学の主流は、この≪西洋医学のシンプルな考え方≫であった。たとえば、心臓とか肝臓とか腎臓というものが、一つ一つ病気になると、からだ全体の病気がおこる。だから病気を治すためには、悪い心臓や肝臓や腎臓を治すことが必要だ、と考えられた。
ところが最近になり、精神身体医学やストレス学説が発達するにつれ、部分的各臓器が互いに働きあって人間の健康が保たれるし、また病気になった時も、それらが働きあって健康に戻そうとしていることが分ってきた。
つまり、今までの部分的な各臓器の医学が、一個の全体としての人間に総合され統一されて、〈生きた人問の全貌〉として取りあげられるようになってきた。
最近、わが国の医学界にも、従来の古典病理学たる解剖学を基礎とした病理解剖学から、有機体としての病的生活機転を重視する総合的な病態生理学が生れるに至った。
これは、現代医学が東洋医学の立場に一歩近づいてきたことを示す。すなわち現代医学の世界観が、平面的な形態学的研究から立体的な機能学的研究へと進展してきたのである。
それで、医学の基礎である生理学も以前とは考えが随分変ってきたと、生理学者杉靖三郎博士(東京教育大学教授)は述べ、「今までは、心臓の生理、肝臓の生理、腎臓の生理というように、臓器の一つ一つをこまかく調べてそこに理窟をつけ、そういうものを寄せ集めて、人間の体ができていると考え、随って臨床医学も、心臓の病気、肝臓の病気、腎臓の病気というふうに、各臓器別の病気になってしまい、治療も、心臓の薬、肝臓の薬、腎臓の薬というふうであった」(間違いだらげの衛生:杉靖三郎)と言っている。これが、今日までの現代医学の病気と治療の本態であった。
病気の本態を究明する病理学の権威、東京大学名誉教授緒方知三郎博士は、その著「病理学講義』で、「細菌学が著しく進歩した十九世紀の末頃には、伝染病の原因として病源菌が甚しく重要視せられた結果として、その細菌が身体に入れば、誰でも一様に伝染病にかかるものと考えられた。すなわち、外因を甚しく重んじて内因を全然無視したことがあった。こんな中庸を得ない見解は医学の進歩と共に漸次たしなめられて、今日では、内因が病気の成り立ちに対して、病因として重要な役目を演ずるものであるということは何人も疑わぬようになった」
と述べ、なお病変の相互関係について、「患者の身体は、ある一つの病変のみが純粋な形で独立に起っているというようなことは、実際には殆んどみられない。その際、数多くの病変が色々の臓器組織に現われているだけではなく、同一の臓器組織内にも、それらが雑然と混在するのを常とする。従ってこれらの病変の相互関係を明らかにすることは、病理学上個々の病変を正確に理解することと同様に、重要な事柄である。
我々の身体を構成しているすべての組織や臓器は、いずれも各自の機能の異なるにしたがって、これを遂行する適当な形態をもっている。しかし、これら各種の組織臓器は、個々別々に自己の機能を営むものでなく、相互の間に機能的に密接な関係が成り立っていて、その全部が一体となって働いてこそ、ここに一個体としての生活が営まれるのである。この相互関係は、各内分泌間に最も明らかに認められるが、程度の差こそあれ、殆んど全身の各組織臓器間に成り立っているといっても過言ではない。
病変の相互関係はきわめて複雑である。たとい個々の病変を診断したとしても、それらの相互関係を明らかにすることができなければ、適切なる治療は行いえない」と言っている。
今日までの現代医学は、緒方博士の言のごとく、『外因』の病源菌を重要視し、これを発見してやっつける方向に進み、臓器に変化があれば、それを手術して取ってしまうということには驚ぐべき進歩を示している。
しかし、『内因を無視した中庸を得ない医学』であったため、身体のうちから起る高血圧症・動脈硬化症・各種神経痛・関節リウマチ・心臓病・腎臓病・胃下垂・喘息・ノイローゼ・アレルギー・更年期障害など、こういった慢性の病気には殆んど手がつけられていない。
偉大そうな理論はあるが、≪これ≫といって積極的に治すキメ手がない。いわば現代医学の泣き所、盲点である。
それには、「各臓器の相互関係が明らかにされねば、たとい個々の病変を診断しえたとしても、適切なる治療ができない』と、緒方博士の述べるごとくである。
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